過重労働と訴訟リスクで研修医に敬遠される産婦人科

一昔前の医局は、教授、助教授、講師、助手という序列化されたヒエラルキーが築かれており、人事権を持つ教授の「点の声」で医局員が関連病院に派遣されていました。徒弟制度のような構造やインターン制度による若手医師の無給状態など、多くの問題を抱えていましたが、公立病院、私立病院などの市中病院への医師の供給源としての機能を持ち、地域の医療を担っていることも事実でした。


従来の医局制度が大きく変貌する契機となったのは、2004年に導入された「初期臨床研修制度」です。新しい制度では、プライマリーケアを中心とした幅広い診療能力を持つ医師の育成を目的としており、2年間の臨床研修を義務付けています。この制度の最大の特徴は、臨床研修病院に指定されている病院なら、自分の出身大学であるなしに関係なく自由に研修先を選ぶことができるという点です。すなわち、出身大学の医局に籍を置いて、そのまま大学病院に勤務する以外の選択肢が広がったのです。

大学病院と臨床研修病院では一般的に後者の方が平均給与が高く設定されているため、医局制度の残る大学附属病院は研修医からは敬遠されるようになりました。さらに地方大学医学部を卒業した研修医が、都市部の臨床研修病院を選ぶ傾向が顕著になったため、地方大学の医局が医師不足に陥る事態になりました。

なかでも産婦人科の医局では、教授を含めても医局員が10人にも満たない大学も出てきました。大学病院の貴重な労働力である研修医を抱えることができなくなった大学病院は、日常の診療にも支障をきたすケースも出てきたため、これまで公立病院や私立病院に派遣していた医局員を引き上げざるを得ないという事態が地方で頻発し、産婦人科の縮小や閉鎖にいたる病院まで出てきたのです。

産婦人科医の医師不足の原因は、初期臨床研修制度だけではありません。研修医に人気の高い都市部の病院以外では慢性的な産婦人科医不足にあるため、産婦人科医一人あたりの負担が高まってきました。月の勤務時間は平均200時間近くとなっており、特に大学病院や国立病院では、月平均211時間に達しています。当直回数も他の診療科に比べて多く、内科や外科の2倍近く(約6日)になっています。当直を終えた医師は家に帰らずにそのまま常勤勤務、つまり36時間連続勤務も珍しくなく、2年の臨床研修の間に産婦人科も経験することになるため、食事の時間もまともに取れずに、外来や病棟で悪戦苦闘する産婦人科医の実態をみたら、研修医は産婦人科で働きたいとは思わないのが自然です。

産婦人科の現役医師の負担は重くなる→苛酷な労働環境に耐えられなくなり他の診療科へ移る、いわゆる医師 転科が増える→残った産婦人科医の負担がますます重くなるという負のスパイラルはなかなか改善されていません。こうした状況に追い討ちをかけるのが産婦人科医における訴訟リスクの高さです。民事訴訟の件数で見てみると、産婦人科医1000人あたり16.8件となっており、同じく訴訟リスクが高いとされている外科の3倍、内科や小児科と比べてみると6倍から8倍もの数字となっています。日本の周産期医療は、「たらい回し」や「お産難民」などの問題に代表されるように、崩壊寸前の事態に追い込まれているのです。